学生の場合でも、アルバイトで後輩に指導することがあると思います。
もちろん、社会人であれば、部下だったり後輩だったりと指導することは普通にありますね。
また、子供の勉強も同様です。
最初は誰だって、細かく指示を出します。
慣れてきたからもういいか、と目を離すとどうなるか。
必ずパフォーマンスが落ちるんです。
細かく指示か、方向性を指示するかは人によって変えるけど
誰かが何かを教えるとき、人によって教え方を変える必要があります。
細かく、1から10まで教える方がいいタイプと、目的など、おおまかな指示を出してひな形を渡すなどして相手に任せる方法です。
細かく言うメリットは、その通りに指示を出された方はやることです。
そのため、修正にあまり時間がかからないでしょう。
しかし、それをやってしまうと、指示を出された方はロボットのようになってしまいますので、自分で考えません。
また、何かミスがあっても、「指示されたようにやりました」となります。
本当に、何か「作業」を頼む場合ならいいのですが、「育てる」ことを考えると、あまりこれはいい方法ではありません。
教えるときには具体的に細かく教えるという方法もありますが、これでは毎回、指示を出す人が1から10まで細かく指示を出さねばならず、かつ、やっている側も楽しくありません。
ただ、本当に初めてのことであれば、それは仕方ないかと思います。
もう一つの方法は、ある程度の方向性や目的などを示し、ひな形を渡すなどして、基本的には指示を出された相手に考えてもらう方法です。
この方法は、時間がかかってしまう場合もあります。
時間がかかるというのは、修正箇所が多くなる場合があるということです。
しかし、相手の発想や考えなども入りますので、よりいいものができる場合もあります。
そして指示を出された方にとっても、やりがいがあるということがあります。
どちらがいいか、というのは、相手の慣れ次第の部分と、相手の性格によります。
自分で考えるのが苦手なタイプであれば、極力指示を出す方がいいですし、むしろ、自分でいろいろ考えてやりたいというタイプであれば、後者の方がいいでしょう。
ただ、育てることを考えたら、やはり方向性を指示する方がいいでしょう。
長い目で見たら、その人自身が成長します。
できるようになっても、放置ではなく、確認、承認が必要
何かができるようになり、任せたとしても、任せたから見ないというのはよくありません。
放置をすると、やっている本人も仕事のためと割り切っては行いますが、そういうレベルのものしか出てきません。
子供の勉強も同じです。親が塾に預けているから、あとは知らない、としていると、子供も塾に行っているからいいか、という感じで全くもって(もともと勉強に興味のない子は)前向きに取り組みません。
まず、どこまで進んだのか、とか、うまくできているようであれば、「いい感じだね」とか、何か承認するからこそ、目の前の仕事、目の前の勉強をするんです。
人は機械ではないので、やり方覚えたから、あとは好きにやっていて、というのはNGです。
人は仕事でもなんでも、承認欲求があります。
金もらっているんだからやっておけ、じゃ動かないです。
細かすぎると委縮してしまう
ただ、そうはいっても、1から10まで教えた上に、「どうなっているんだ、これはどうなんだ」「これはダメだ、なんどいったらわかるんだ」というようなことをやっていてはかえって悪い結果になります。
教える、教えられるという関係は、どうしても、教えている方が上位になります。
それなのに、教えている側が教わっている側に対し、威圧的になっては、相手は萎縮してしまい、本来できることまでできなくなります。
放置もダメだけど、細かすぎてもダメなんです。
この兼ね合いが難しいとは思います。
でも、相手を信じて任せることも大事だし、確認は必要、ということです。
仕事でも勉強でも、「要(かねめ)」になるところは抑えるようにします。
つまり、この時期で方向性が誤っていたりすると、納期に間に合わなくなるから大丈夫かな、とかですね。
仕事でも勉強でも、納期があります。勉強は納期とは言いませんが、定期試験や受験などが納期のようなものですね。
その「要」を抑えて確認をする。
でも、言いすぎない、威圧しない、怒らない、ということです。
特に今のZ世代に力でねじ伏せよう、しつけよう、なんていう方法は通用しません。
さっさと辞めてしまうでしょう。